自分が感染しない、人に感染させないためにも、不要不急の外出は自粛せねばならない。
当然しばらくはポタリングも遠慮している。
さて、暇なので本を整理していたら、下記のような本が見つかった。
「下町小僧」 なぎら健壱 著

「筑摩書房」発行のちょっと古い本(私の所有の本は1994年2月発行版)だ。
内容は、昭和30年代の東京の下町で、なぎら健壱さんが子供の頃に体験した遊びや多くの出来事を書き綴ったものだ。
なぎら健壱さんは1952年4月生まれのようなので、私より5歳年上であるが、書かれている内容を改めて読むと、懐かしいことばかりだ。
中でも子供の頃遊んだ、「メンコ」「ベーゴマ」「銀玉鉄砲」「2B弾(後にクラッカー)」や、「カタ屋」のことなど、かなり詳しい解説書のように描写されている。
若い方には、「なんだそりゃ?」と思われるだろうが、50〜60歳台の人達にとっては、「ウン!ウン!そういうのあった!」となる。
たとえば、「カタ屋」の話では、
半年から1年に1度の割で、カタ屋のオジさんは現れる。
カタ屋という名前は、ところによってネンド屋とも呼ばれていた。
素焼の「め型」に、粘土を入れ、それをうまく取り出すと、薄肉のレリーフが出来上がる。
それに綿棒のような、爪楊枝の先にガーゼが巻いてある物で、色と呼ばれる粉を塗る。
作品が出来上がると、それをオジさんのところへ持って行く。
オジさんは、それを検分すると、その作品に見合う点数をくれる。
10円の小遣いから5円で型を買い、残りの5円で粘土を買うと、色を買うことが出来ず、色無しの貧相なものしか出来なかった。
それでも、5日目ぐらいになると、結構点数もたまってくる。
6日目、オジさんはまるで神隠しに遭ったように現れなくなる。
そして、忘れた頃にオジさんは何処からともなく、風の又三郎のように現れる。
点数を貯めておいた子供が、オジさんに提示して、「これで粘土頂戴」とやる。
するとオジさんは、「この点数は、他のカタ屋のもんだな」と、平然と言ってのける。
なるほど、そう言われてみると、違う人のようにも見える。
結局、また粘土を買う羽目になる。
そして、また点数がたまった頃になると、オジさんは神隠しに遭う。
他にも、たくさんの逸話が書かれている。
さて、もう一度じっくり読むとしよう。
ところで、ドリフターズの「志村けん」さんが、お亡くなりになったことを今朝のニュースで知って驚いた。
心からの御冥福をお祈りします。