今日、埼玉県深谷市まで輪行旅をしてきた。
旅のお供は、タイヤ16インチの折りたたみ自転車「ルノープラチナライト8(以下;プラ8)」。
久しぶりの登場である。
深谷市は、「渋沢栄一」の生誕地である。
川口駅から京浜東北線で浦和駅まで行き、浦和駅からは高崎線に乗って、深谷駅には8時45分頃到着した。
東海道線のどこかの踏切でのトラブルがあり、10分程遅れての到着だった。
以前から、見たかった深谷駅舎。
深谷市は「レンガの街」である。
東京駅が深谷市産のレンガを大量に用いている縁から、レンガの街をアピールする意味も込めて、深谷駅は1996年に東京駅を模したデザインへと改築された。
輪行袋からプラ8を出して、組み立てて、まずは「七ツ梅酒造跡」へ向かった。
七ツ梅酒造は、「田中藤左衛門」が創業し、300年以上続いた歴史ある酒造の跡地である。
中に入ったら、独特のレトロな雰囲気で、最初に「深谷シネマ」に目が止まった。
酒造を改装してできた映画館で、現在も営業している様子。
他にも、レンガ作り体験などが出来る店もあった。
その後、「日本煉瓦製造 旧事務所」へ走らせた。
途中、「唐沢川」沿いを少し走ったのだが、沿道に「キバナコスモス」がたくさん咲いていて、まるで歓迎してくれているようだった。
そして、日本煉瓦製造の近くでは、「あかね通り」を走った。
車やオートバイは進入禁止である。
日本煉瓦製造 旧事務所に到着したが、なんと休館だった。
あちゃ〜〜!(泣)月曜日は休館なのか?
後で、他の場所で聞いたところ、最近は土日以外休館にしているとのこと。
今回出かけたコースでは、この場所だけが離れたところにあるので、ちょっと残念だった。
気を取り直して、次に「渋沢栄一記念館」へ出かけた。
途中、一面の田んぼを何度も見かけた。
また、深谷といったら「ネギ」である。生産量は日本一である。
渋沢栄一記念館に到着。
入館料は無料である。
ここでは、渋沢栄一ゆかりの遺墨や資料や写真などが展示されており、渋沢栄一アンドロイドから講義を受けることが出来る。
私が入館した時は、ガラガラで講義を受けることも出来たが、次が30分後になるとのことでパスした。
その後、「旧渋沢邸(中の家 なかんち)」へ向かった。
渋沢栄一が帰郷した際に滞在し、寝泊まりした場所である。
渋沢栄一が寝泊まりした部屋。
ここでも、渋沢栄一アンドロイドがいた。
その後、「尾高惇忠生家」へ向かった。
尾高惇忠は渋沢栄一の従兄であり、学問の師だった。
そして、その妹の「千代」は渋沢栄一の妻である。
惇忠や栄一らが高崎城を乗っ取り・横浜外国商館焼き討ちしようと謀議した2階の部屋。
大河ドラマ「青天を衝け」のワンシーンを思い出した。
その後、「誠之堂」と「清風亭」へ出かけた。
誠之堂は、渋沢栄一が初代頭取を務めた第一銀行の行員たちの出資により建築された。
清風亭は、大正15年に当時第一銀行の頭取だった「佐々木勇之助」の古希を記念して建設された。
その後、「岡部駅」を目指した。途中「中宿歴史公園」に立ち寄った。
飛鳥時代の倉庫群の遺跡に整備された公園で、高床式倉庫が復元されている。
また、池には1400年から3000年程前のハスの一種とされている「原始蓮」が一面に自生していた。
岡部駅には、11時55分頃到着した。
岡部駅の近くには食事処が全くなかった。
電車の時刻表を見たら、12時16分の上りがあったので、急いでプラ8を輪行袋に収めた。
そして、川口駅には午後1時40分頃到着した。
プラ8を組み立てて、その後、レストラン「ガスト」へ向かった。
昨日、「すかいらーく」から「株主優待券(食事券)」が届いたからである。
ガストでゆっくり昼食を取ってから帰宅した。
この日の走行距離は、22km程だった。
朝、出発した際は、ちょっと寒く感じたが、徐々に気温も上がり、岡部駅に到着した時は、すごく暑かった。
でも、全体的に暑すぎず涼しい感じでポタリングすることが出来た。
何より、一面に続く田んぼや、のどかな川沿いの景色を楽しみながら走るのは、とても快適で心も洗われるような感覚だった。
また、渋沢栄一ゆかりの場所を回ることで、改めて渋沢栄一の偉大さも感じ取れた。
とても価値のある輪行旅だった。